【柏】ウクライナで抑留生活を送った画家・木内信夫作品展、旧吉田家住宅で開催

【柏】ウクライナで抑留生活を送った画家・木内信夫作品展、旧吉田家住宅で開催

「戦争は絶対にやってはいけない。」
ウクライナで抑留生活を余儀なくされた柏ゆかりの水彩画家・木内信夫氏は、生前、長男の正人さんにしばしば語っていたそうです。

生涯、数万点の作品を描き、なかでも、その抑留体験を描いた木内氏の作品はユネスコの世界記憶遺産に登録されています。
そんな木内氏の作品展が、旧吉田家住宅歴史公園の新蔵ギャラリーで展示されると聞き、初日に早速伺いました!

↓↓旧吉田家住宅歴史公園については、過去のまちっと柏の記事をご覧ください。↓↓

旧吉田家住宅の主屋。この季節は、鮮やかな新緑に覆われて、建物の茶色と緑の色合いがステキです。 現在は、毎日ガイドさんが常駐していて、希望者には園内の建築、庭園などの説明をしてくださるそうです。

旧吉田家住宅の主屋。この季節は、鮮やかな新緑に覆われて、建物の茶色と緑の色合いがステキです。 現在は、毎日ガイドさんが常駐していて、希望者には園内の建築、庭園などの説明をしてくださるそうです。

木内氏のイラストが展示されている新蔵ギャラリーは、主屋の手前にあります。1833年に農機具等を収蔵する蔵として建てられたもので、壁にかかっているのは竹製のはしごです。

木内氏のイラストが展示されている新蔵ギャラリーは、主屋の手前にあります。1833年に農機具等を収蔵する蔵として建てられたもので、壁にかかっているのは竹製のはしごです。

シベリア抑留を体験した画家・木内信夫氏とは?

1923年(大正12年)に東京赤坂で生まれた木内信夫氏は、1944年(昭和19年)に関東軍に入隊し、旧満州(中国東北部)で終戦を迎え、旧ソ連下のウクライナの強制収容所で約2年半の抑留生活を送りました。
(いわゆる「シベリア抑留」ですが、この言葉がシベリアという一地域だけの出来事を指す言葉ではないことを、今回初めて知りました。)

1948年(昭和23年)に日本に帰還後は、自身の記憶や戦友への聞き取りをもとに抑留体験をはじめとするイラストを描き続け、その数は数万点にものぼるそうです。(そのほとんどは知人に贈呈してしまったとのこと。)
2015年(平成27年)には、京都都府舞鶴引揚記念館に寄贈された“抑留画”105点のうち40点が、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)に登録されました。

↓↓木内信夫氏の作品については、長男・木内正人氏が管理するホームページ「旧ソ連抑留画集」をご覧ください。↓↓

80歳代半ばの木内信夫氏。柏そごうにて。買い物に行っていた奥様が戻られてリラックスした瞬間をとらえたショット。

80歳代半ばの木内信夫氏。柏そごうにて。買い物に行っていた奥様が戻られてリラックスした瞬間をとらえたショット。

旧吉田家住宅歴史公園での作品展

木内信夫氏は柏に30年余り居住し、昨年、老衰により97年の生涯を閉じられました。木内氏の数万点におよぶ作品のうち259点が柏市に寄贈されています。
今回は、その中から、少年時代に過ごした東京赤坂の人々の暮らしぶりを描いたイラストを中心に、30点の作品を鑑賞することができます。
(展示する水彩画は、複製品および一部原本となります。)

この作品展は、以前吉田家の保存文化委員を務めていた川浦智子氏(一般社団法人日本糀文化協会)が、旧吉田家住宅歴史公園園長・渡辺健二氏に企画を持っていったことがきっかけとなり、実現しました。
しかし、その時点ではロシアがウクライナに侵攻するとは、夢にも思っていなかったそうです…。

木内信夫氏の思いを伝え続ける長男の木内正人氏。実は私と同じ、箏奏者という共通点もあります!

木内信夫氏の思いを伝え続ける長男の木内正人氏。実は私と同じ、箏奏者という共通点もあります!

左から、渡辺健二園長、木内正人氏、筆者。写真を撮られていたことも気づかないほど、お二人の静かに熱く語るお話に私も夢中で聴いていました。

左から、渡辺健二園長、木内正人氏、筆者。写真を撮られていたことも気づかないほど、お二人の静かに熱く語るお話に私も夢中で聴いていました。

作品を見ていきましょう!

長男の木内正人氏に、作品を解説をしていただきながら、展示を拝見しました。
緻密でやわらかいタッチの作品の一つひとつから、(なかなか目にする機会のない)昭和初期から戦前の人々の暮らしを知ることができ、どの作品も興味深いのですが、そのなかでも特に印象に残った5点をご紹介しましょう。

各イラストの下部に記されている川柳も、木内信夫氏が詠んだものなので、イラストとともに注目してくださいね!
(本稿掲載のイラストは、柏市教育委員会生涯学習部文化課さまからデータをお借りしたものです。無断使用は禁じられています。)

「人力車」。「“パフパフ”がついているんですよ」と正人氏。レトロに鳴り響く警音器が人力車についていたなんて、なかなか知られていない事実なのでは?

「人力車」。「“パフパフ”がついているんですよ」と正人氏。レトロに鳴り響く警音器が人力車についていたなんて、なかなか知られていない事実なのでは?

「ツェッペリン号」。巨大な飛行船が日本の上空低く飛んでいる光景は、実際に見た人でないと描けないですね。この作品の原画は会場に展示されています。

「ツェッペリン号」。巨大な飛行船が日本の上空低く飛んでいる光景は、実際に見た人でないと描けないですね。この作品の原画は会場に展示されています。

「よいとまけ」。美輪明宏さんの歌でも知られる「よいとまけ」のお母さんの様子が目に浮かんできますね。川柳が一層の臨場感を醸し出しています!?

「よいとまけ」。美輪明宏さんの歌でも知られる「よいとまけ」のお母さんの様子が目に浮かんできますね。川柳が一層の臨場感を醸し出しています!?

「2.26」。木内氏の自宅は、2.26事件の舞台となった料亭「幸楽」から約300メートルの距離。好奇心旺盛な木内少年は、その緊迫した現場に向かったのです。

「2.26」。木内氏の自宅は、2.26事件の舞台となった料亭「幸楽」から約300メートルの距離。好奇心旺盛な木内少年は、その緊迫した現場に向かったのです。

「祭り」。活気に満ちたお祭りの光景ですが、時代は太平洋戦争開戦直前。軍国主義に突き進む日本の危うい高揚感とも重なり…。

「祭り」。活気に満ちたお祭りの光景ですが、時代は太平洋戦争開戦直前。軍国主義に突き進む日本の危うい高揚感とも重なり…。

木内氏の作品の根底にあるもの…

木内氏は、戦争体験を数多く描きながらも、戦争の暴力的な側面ではなく、ドイツ人やポーランド人など他国の捕虜や旧ソ連兵との交流を数多く描きました。
そんな木内氏の作品は、抑留という過酷な体験を描いていてもユーモアや優しさが感じられ、心に温かい気持ちが残ります。

「父は差別が嫌いでした」と正人氏。
今回の展示でも、外国籍の家族との交流を描いた「やさしいお母さん」に、木内氏の博愛の精神がうかがえます。

正人氏が大好きな絵のひとつとして挙げるのが、下の「靴下」という作品。(今回の展示作品ではありません。)

「靴下」(正人氏が管理するホームページ「旧ソ連抑留画集」より)

「靴下」(正人氏が管理するホームページ「旧ソ連抑留画集」より)

自分を監視する14歳の少年兵に自分の靴下を一足あげたときのエピソードを描いたもので、少年は銃を脇に置いており、ここではもはや敵味方の区別は存在していないことがわかります。

「父は悲惨な体験をしながらも、被害者と加害者という二元論の枠組みでとらえるのではなく、そこに必ずある人の暮らし、人間同士のつながりを大事にしていました」と正人氏。

この展示で何を伝えたいかとの筆者の問いに、正人氏は「それぞれの感性で感じてほしい」と前置きしたうえで、「20世紀を生き抜いた人たちが築いた土台に、今我々が生きていることを忘れてほしくないですね」と話してくださいました。

大正、昭和、平成、令和と4つの時代を生き、穏やかな眼差しから人々を生き生きと描いた木内氏の作品、ぜひこの機会にご覧ください。

5月15日(日)および6月12日(日)、それぞれ13時~14時には、同公園の長屋門にて、正人氏によるギャラリートークもありますよ!(定員20名)

木内信夫作品展

【会期】令和4年5月7日(土)~6月26日(日)
【会場】旧吉田家住宅歴史公園「新蔵ギャラリー」
【主催】一般財団法人柏市みどりの基金
【協力】柏市教育委員会生涯学習部文化課
※展示する水彩画は、複製品および一部原本となります。

最後に、本稿執筆にあたりご協力くださいました、木内信夫氏長男・木内正人さま、旧吉田家住宅歴史公園園長・渡辺健二さま、柏市教育委員会生涯学習部文化課・小河原博志さま、池亜季さま、旧吉田家住宅歴史公園ガイド・宮田誠一さま、一般社団法人日本糀文化協会理事・川浦智子さま、本当にありがとうございました。

旧吉田家住宅歴史公園

  • 【住所】千葉県柏市花野井974-1
    【電話番号】04-7135-7007
    【開館時間】9時30分~16時30分
    【休園日】毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日以後の平日)
    【入場料】大人:210円、高齢者:110円、大学生以下無料

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「ちゃーりんぐ柏」代表石井雅子

柏生まれ柏育ち。編集者・箏(こと)奏者。市民活動家の両親が2015年前後に他界したことをきっかけに、柏に興味を持つようになる。2021年、柏の歴史スポットを自転車で巡る「ちゃーりんぐ柏」プロジェクトを立ち上げ、2022年市民公益活動団体として登録。2023年5月、補助金申請や情報発信、連携などをサポートする中間支援団体「ジセダイ歴史文化継承研究所」を設立、事務局長を務める。

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