こんにちは。「まちっと柏」ライターのジモトミン、KOJI-KOJI(コジコジ)です。
先日、緑ヶ丘町会納涼盆踊り大会に参加し、作詞・作曲を行ったプロ歌手の三田翔也氏の生歌で「緑ヶ丘町会音頭」を踊ってきたので、そのご報告レポートです。
歌手本人が登場!生歌で踊る特別な「緑ヶ丘町会音頭」
2026年8月7日(金)、8日(土)に一本松公園(柏市緑ヶ丘)にて、緑ヶ丘町会納涼盆踊り大会が開催されました。
2日目の8日夜には、プロ歌手の三田翔也さんがゲストとして登場し、町会のために作られたご当地音頭「緑ヶ丘町会音頭」を生歌で披露!
この音頭は、地域の人々を元気づけるために制作されたこだわりの一曲です。
三田さんによると、昨年(2025年)、町会の方から依頼を受け、同年7月に完成したとのこと。
曲はCDにもなっていますよ。
三田さんの爽やかで明るい歌声に合わせて、参加した皆さんがやぐらの周りで輪になって踊る姿は、まさに緑ヶ丘の絆を象徴する姿でした。
私も見様見真似で踊りに参加させていただきました。
知ってた?「緑ヶ丘」という街の意外な歩み
柏市の「緑ヶ丘」は今でこそ人の和を感じる住宅街ですが、その誕生には興味深い歴史があります。
さかのぼること戦時中、現在の緑ヶ丘や、隣接する柏レイソルの本拠地・日立台の一帯は、実は日立製作所の広大な軍需工場(約25万坪)でした。
戦後、その敷地の一部(約4万坪)が一般の分譲住宅地として開放され、昭和29年(1954年)の柏市誕生のころから本格的な街づくりがスタート。
分譲開始からは70年程の歴史を重ねてきました。
お隣の「日立台」という地名にその名残が残っているのも、納得の歴史ですね。
江戸時代の面影も!交差点に残る「野馬土手(のまどて)」
さらに緑ヶ丘の歴史は、戦前よりもはるか昔、江戸時代まで繋がっています。
緑ヶ丘交番前の交差点の近くには、かつて徳川幕府の軍馬放牧場(小金牧)の境界線として築かれた土手「野馬土手」の跡(碑)が今も大切に遺されています。
野生の馬たちが街へ逃げ出さないように、当時の人々が土を盛って作った長い土手。
そんな歴史ロマンあふれる地の上で、現代の私たちが盆踊りを楽しんでいると思うと、なんだか感慨深い気持ちになります。
ちなみに緑ヶ丘交番があるのは柏市緑ヶ丘ではなく柏市千代田で、野馬土手の碑があるのは柏市あかね町、道路向かいの日立台公園は柏市日立台になります。
緑が丘交番前の交差点の日立台側には、ベルばらマンホールもありますよ!

緑ヶ丘町会音頭を歌う三田さん

三田さんと一緒に写真を撮っていただきました。

一緒に緑ヶ丘町会の盆踊りに参加した面々
一本松公園
★この記事が気になったり、いいね!と思ったらハートマークやお気に入りのボタンを押してくださいね。
※記事に掲載した内容は公開日時点の情報です。変更される場合がありますので、お出かけ、サービス利用の際はHP等で最新情報の確認をしてください
この記事を書いたのは…

ジモトミンkoji-koji
柏市在住。四季折々の季節の良さ、歴史的な名所・史跡・行事、メジャーなのからマイナーのまで様々なイベントなどを巡ったりするのが好きな千葉県民・柏市民です。農園を借りて野菜や花を育てています。













