こんにちは!
生まれも育ちも流山、スペシャリストのスガコウタロウです。
流山市の視覚障害者協会で、STT(サウンドテーブルテニス)を体験したお話です。
※STTとは、金属球が入った音の鳴るボールをラバーのないラケットで転がして打ち合うスポーツ。視覚障害者向けの卓球競技。
正直、最初は「盲人卓球」という言葉のイメージのままだった。福祉競技、当事者のためのスポーツ、という枠で捉えていた。
でも、実際にそこにあったのは、もっと違うものだった。
これはスポーツであると同時に、感覚の使い方を組み替える装置で、そして現代人の脳と神経を“整える”可能性を持った競技だった。
「盲目」は真っ暗とは限らない
まず、ここから認識が崩れた。
視覚障害といっても、全部が真っ暗な世界ではない。
光が見える人もいる。ぼんやり輪郭が見える人もいる。片側だけ見える人もいる。視野の一部が欠けている人もいる。
つまり、視覚障害は「暗闇」ではなく、むしろ不完全な視覚のグラデーションだ。
そしてここに、STTの核心がある。

“ぼんやり見える”ことが、競技の邪魔になる
STTでは、音の鳴るボールを打ち合う。
健常者の直感だと、「目も耳も使えた方が有利」に思える。
でも実際は逆に近い。
ぼんやり見える人ほど、つい“見よう”としてしまう。
不完全な視覚を、脳が必死に補完しようとする。
この「見ようとする努力」が、神経資源を持っていく。
すると何が起きるか。
耳が死ぬ。
正確には、耳は聞こえているのに、脳が拾わなくなる。
STTの上手な人が言っていたのが印象的だった。
「見えてると、音を聞かないのよ」
「目で探してしまうから」
これを聞いたとき、私は「精神論」ではなく、脳の配分の話だと感じた。
人間の注意力には予算がある。視覚に予算を突っ込めば、聴覚に回らない。
だからこそSTTでは、アイマスクが効く。
視界をゼロにすることで、視覚への投資を強制終了させる。
その瞬間、耳が主役になる。
不思議だけど、理屈は明快だった。

音を“場所”に変える。卓球台は頭の中に立ち上がる
さらに驚いたのは、「耳が主役になった世界」の解像度だ。
ただ音を聞くだけではない。
音は、空間の中に置かれていく。
STTでは、卓球台の中央にある突起(ポッチ)を触ったり、番号の振られた目印に触れたりして、台の距離感を身体で覚える。
それを手掛かりに、頭の中に“卓球台の地図”が立ち上がる。
そこへボールの音が飛び込んでくる。
「どっちから来たか」
「どのくらいの距離か」
「どんな速さか」
音が、座標になる。
耳が、目になる。
私はこの仕組みが、とても美しいと思った。
見えないことは欠落ではなく、別の設計に切り替わっている。
雑念が消える。だから、整う
私も少し打たせてもらった。
そして打ち終わったあと、妙に頭がスッキリしていることに気づいた。
「何かに似てる」と思ったら、座禅だった。
座禅のあとに、神経が研ぎ澄まされて、思考のノイズが落ちる、あの感じ。
ただ、座禅と決定的に違うところがある。
STTは、動く。
耳を集中させながら、身体が自然に動く。
前後左右に踏み、手を伸ばし、反射で返す。
終わるころには、しっかり疲れている。
静の集中(座禅)に、動の健康が合体している。
もしかしたら、座禅ほどの深い集中ではないのかもしれない。
でも現代人にとっては、むしろこのくらいの「動く集中」の方が入り口として良い気もする。

現代人は“目を使いすぎている”
今の生活は、目に負荷が集中している。
スマホ、PC、看板、表示、通知、動画。
視覚は常に過活動で、脳のリソースも視覚処理に吸い取られる。
その結果、集中が散り、疲労が溜まり、苛立ちやすくなる。
STTは、その逆をやらせる。
視覚を切る
聴覚に全集中する
空間認知を立ち上げる
身体を動かす
終わった後に「整う」のは、むしろ当然かもしれない。
私はこの競技に、目の過疲労をリセットするポテンシャルを強く感じた。

視覚障害者だけで楽しむのは、もったいない
ここまで書くと、誤解されるかもしれないので先に言う。
STTは、視覚障害者のための大切な競技だ。
当事者のスポーツとして、コミュニティとして、すでに価値がある。
ただ、それとは別に思ったのだ。
これ、健常者も体験した方がいい。
「福祉体験」だからではなく、「普通に良い」からだ。
集中の訓練になる。
身体が動く。
目が休まる。
脳が切り替わる。
終わったあと、整う。
視覚障害者の人たちが積み上げてきたこの世界を、
当事者だけの“内輪の価値”として閉じてしまうのは、少しもったいない。

流山で、この“動く坐禅”をもっと開いてみたい
STTは、スポーツであり、感覚訓練であり、神経のリセット装置でもある。
そして、誰もが少しずつ目が衰えていく時代において、聴覚と空間認知を鍛える意味は、当事者だけの話ではなくなっていく。
流山でこの競技に出会えたことは、かなり贅沢だった。
私は、視覚障害者の人たちが日常的に触れている“別の世界”を、ほんの少しだけ味わわせてもらった。
あの感覚を、もう一度味わいたい。
そして、できるなら、もっと多くの人にも知ってほしい。
目を閉じた方が、うまくいく。
そんな逆説が、ここには本当にあった。
流山市視覚障害者協会
おおたかの森ファーム株式会社
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この記事を書いたのは…

おおたかの森ファームスガコウタロウ
東京工業大学工学部を卒業後、工業デザイン事務所にてデザイン業務を経て、家業である税理士事務所に入社。そのノウハウを生かし経営コンサルティング おおたかの森ファーム株式会社 を設立。ボクシング好きの三児の父。










