【流山市】視覚障害者協会の定例会で出会った中沢さんーその②

こんにちは!
生まれも育ちも流山、スペシャリストのスガコウタロウです。
前回その①に続き、流山市の視覚障害者協会の定例会で出会った治療院を営む中沢さんのお話です。
(流山市視覚障害者協会では、当事者や支援者が集まり、日常生活の工夫や経験を共有する定例会が行われています。)

生まれつき全盲。祖父の代から流山市本町で商売を営んできた家系に生まれ、いまは地元で治療院を続けている中沢さん。

しかも中沢さんは、ただの「地元の面白い人」ではない。
全盲卓球STTで金メダルを獲得し、ライブミュージシャンとしても活動し、全盲でありながら健常者の市民マラソンに混じって完走してきた人でもある。

こう書くと、華々しい成功体験を積み上げた“すごい人”に見える。
実際、すごい。

でも、私が引っかかったのは、その実績そのものではない。
その実績を作っている人格のほうだ。

一見すると、少し破天荒。
群れない。言いたいことは言う。合わない場には行かない。
いわゆる「みんなが安心する社会性」の持ち主には見えない。

なのに、話を聞いていると、社会が本当に欲しがっている資質を、なぜか全部持っている。

このことを、私はずっと考えている。

例えば、若い頃の話。

寮生活をしていた時期がある。
ある日、何かが気に入らなくなり、勝手に寮から帰ってきてしまったという。

普通なら「規律を守れない」「協調性がない」と評価される話だ。

でも、ここに中沢さんらしさがある。

彼は、“従うか、我慢するか”だけで終わらない。
納得できない状態が続くなら、場所を変えるという選択をする。

これは反抗というより、行動の癖だ。
止まって腐るより、動いて状況を変える。

この動き方は、後の人生でもずっと一貫している。

別の時期には、パチンコにのめり込み、
お金を全部使ってしまったこともある。

これも、一般的には「だらしない」「計画性がない」で片付けられがちな話だろう。

でも、その後の処理が違う。

彼は失敗を失敗として受け止める。
けれど、必要以上に自分を責めて固まらない。

言い訳もしない。美化もしない。
でも、それを理由に行動をやめない。

ここが大きい。

多くの人は失敗のあと、
「もう恥をかきたくない」「もう傷つきたくない」で守りに入る。
その結果、行動力ごと縮んでいく。

中沢さんは違う。
失敗しても、行動する人格そのものは縮まない。

 

その一方で、成功体験は派手だ。

STTで金メダル。


ライブミュージシャンとして人前に立つ。
全盲で市民マラソンを完走する。

しかも、ここが重要なのだが、
彼の成功体験は“承認欲求のための武勇伝”として語られない。

むしろ語り口は、どこか現実的だ。

「やるなら準備する」
「無理はしない」
「できないところだけ助けてもらう」
「失敗したら次の人に迷惑がかかる」

つまり、華々しい結果の裏にあるのは、
キラキラしたポジティブ思考というより、地味な設計思想なのである。

ここが、私はすごく面白いと思う。

 

そしてもう一つ、印象的だったのは、
若い全盲の子に対しての厳しさだ。

「力を出していない」「本気じゃない」
と感じると、許せなくなる。

これだけ聞くと、怖い先輩にも見える。

でも背景には、少数者として生きてきた人の感覚がある。

自分の失敗は、自分ひとりの失敗で終わらない。
「やっぱり危ない」「やっぱり無理だ」と言われれば、次の人の道が狭くなる。

だから、後続が可能性を自分で閉じるように見えると、苛立つ。

これは支配欲というより、
「道を狭くするな」という怒りだ。

ここで私は、はっきり気づく。

社会が欲しがっているのは、こういう人だ。

– 失敗しても止まらない
– 場所を変えられる
– 自分で責任を取れる
– 更新できる
– やるべき時にやる
– 結果を出せる

つまり、探究心と行動力を持つ人。

一方で、大衆が安心するのはこういう人だ。

– 空気を読む
– 波風を立てない
– 規律を守る
– 目立たない
– 摩擦を起こさない

ここに、決定的なズレがある。

中沢さんは、空気は読まない。
合わないと抜ける。言うべきことは言う。
だから、大衆の目には「少し扱いにくい人」に映るかもしれない。

でも、構造は読んでいる。

自分の行動がどう見られるか。
誰にどう影響するか。
自分が無責任に動いたら、次の挑戦者にどんな不利益が出るか。

空気ではなく、結果を読む。

大衆が望むのは“感情の社会性”。
社会が本当に必要としているのは“構造の社会性”。

この二つは似ているようで、実はかなり違う。

教育現場ではよく言う。

「主体性を持て」
「チャレンジしろ」
「探究しろ」
「行動しろ」

でも同時に、

「空気を読め」
「波風立てるな」
「協調性を持て」
「迷惑をかけるな」

とも言う。

もちろん、どちらも大事だ。
ただ、両方を同じ強さで同時に求めると、現場では矛盾になる。

本当に動く人ほど、どこかで摩擦を起こすからだ。

寮から勝手に帰ってくるような人は、協調性の評価では減点されるだろう。
パチンコで全部使ってしまう人は、安定感の評価では落第だろう。
でも、その人が後に金メダルを取り、音楽で人前に立ち、マラソンを完走し、周囲に道を作ることもある。

つまり、社会を更新する人材は、最初から「感じのいい優等生」とは限らない。

ここが、私のモヤモヤの正体だった。

社会は「更新できる人」を欲しがる。
でも大衆は「更新しないで安心させてくれる人」を好む。

中沢さんは、安心装置ではない。
むしろ場によっては摩擦源に見える。

しかし、その摩擦の中にこそ、更新の芽がある。
そして実際に、中沢さんの人生はそれを証明している。

STTの金メダル。
ライブミュージシャンとしての活動。
全盲で健常者の市民マラソンに混じって完走する経験。

これらは単なる“本人の武勇伝”ではない。
「そんなやり方もある」「そこまで行けるのかもしれない」という、後続の想像力を広げる出来事でもある。

彼は、立派な人を目指しているわけではない。
社会にうまく適合しようとしているわけでもない。

ただ、自分の性格を受け入れ、
合わないなら場所を変え、
失敗したら処理し、
できることはやり、
できないところだけ助けてもらい、
また動く。

ズレを抱えたまま動いている。

たぶん、社会が本当に必要としているのは、
こういう人なのだと思う。

そしてその人は、
必ずしも“みんなが安心して褒めやすい人”の顔をしていない。

そこを見抜けるかどうか。
そこに居場所をつくれるかどうか。

それが、社会の成熟度を測る一つの尺度なのかもしれない。

おおたかの森ファーム株式会社

視覚障害者協会

★この記事が気になったり、いいね!と思ったらハートマークやお気に入りのボタンを押してくださいね。

※記事に掲載した内容は公開日時点の情報です。変更される場合がありますので、お出かけ、サービス利用の際はHP等で最新情報の確認をしてください

  • facebookシェア
  • twitterシェア
  • LINEで送る

ライター一覧

この記事を書いたのは…

author avatar

おおたかの森ファームスガコウタロウ

東京工業大学工学部を卒業後、工業デザイン事務所にてデザイン業務を経て、家業である税理士事務所に入社。そのノウハウを生かし経営コンサルティング おおたかの森ファーム株式会社 を設立。ボクシング好きの三児の父。

公式LINEバナー

north