こんにちは!
生まれも育ちも流山、スペシャリストのスガコウタロウです。
流山市の視覚障害者協会の定例会に参加したときのお話です。
流山市視覚障害者協会では、当事者や支援者が集まり、日常生活の工夫や経験を共有する定例会が行われています。
最初は、正直に言うと「福祉の現場を見に行く」という意識が強かった。
支援がどう回っているのか、当事者は何に困っているのか、どんな制度が使われているのか。
そういう“整った理解”を得に行くつもりだった。
でも、会場に入って数十分で、その構えは崩れた。
あそこにあったのは、綺麗に整理された福祉の空気ではない。
弱さを共有して癒し合うだけの場でもない。
もっと生々しくて、もっと強度があって、もっと熱い。
私は、ゾクッとした。
それは感動というより、緊張と興奮に近い感覚だった。
1. 二人三脚は「支援」ではなく「相互救済」に見えた
まず驚いたのは、視覚障害者本人の話以上に、ヘルパーやボランティア側の動機が濃いことだった。
「妻が助けられているから、私も助けたい」
「閉じこもって認知症寸前だった。孫に言われて外に出た」
「人と接して、今日一日話せた、それが嬉しい」
この“支える側”の言葉が、ただの善意のテンプレではない。人生の事情が背後にある。支える側にも、それぞれの人生の背景や事情があり、この場に関わっているように私には感じられました。
つまり、これは単純な「支援者と被支援者」ではない。
私はこれを、二人三脚だと感じた。
片方が引っ張って、片方がついていく関係ではない。どちらかが“上”、どちらかが“下”でもない。互いに歩幅を合わせながら、転ばないようにバランスを取り合う関係。
福祉を語るとき、私たちはすぐに「支える側は立派」「支えられる側は大変」という物語に落としたくなる。
でもこの場で見えたのは、もっと現実的で、もっと対等な構造だった。
支援は、上から下ではなく、互いが互いを救う形になっている。

2. 「視覚障害者」という言葉は雑すぎる
次に強烈だったのは、当たり前だけど普段見落としがちな事実だ。
“目が見えない”という一点だけでは、人は語れない。
年齢も違う。人生歴も違う。失明のタイミングも違う。生活環境も違う。性格も違う。
そして、ここが一番大きい。
年を取って、だんだん見えなくなっていく人
生まれた時から見えない人
この二者が同じ空間にいるとき、そこで起きるのは「同じ境遇の共感」だけじゃない。
もっと根源的なものがぶつかる。

3. “喪失”と“適応”が同じ部屋で対話していた
年を取って視力が落ちていく人の語りには、喪失がある。
見えていた世界が剥がれていく。テレビも見えない。外出も一人では難しい。家の中で一人になる時間が増える。
その結果として、ふと「死にたい」という言葉が出てしまう。その言葉を本人も「申し訳ない」と言う。けれど、出る。それだけの重さがある。
一方で、生まれた時から見えない人の語りには、違う種類の強度がある。
見えないことは“失ったこと”ではなく、“前提”だ。
だから、世界の喜びを別のルートで必死に探してきた人がいる。
動き方を工夫し、生活を設計し、人とのつながり方を学び、できることを積み上げてきた人がいる。
この二つの人生観が同じ場にあるとき、起きるのは慰め合いではない。
悲しみと、生きる力が、同じ空気を吸いながら並走する。
私はそこに、とんでもないエネルギーを感じた。
ゾクッとしたのは、そこだ。
「死にたい」と言える弱さと、
「それでも暮らす」と言い切る強さが、
同じ部屋に存在してしまう。
それは綺麗なポジティブではない。
でも、現実の“生”って、こういう混ざり方をしている。

4. 「一人でコンビニに行った」が“冒険の武勇伝”になる世界
もう一つ、強烈に印象に残った光景がある。
「若い頃、バスや電車を乗り継いでここまで来た」
「一人でコンビニに行った」
「自分でなんとかした」
こういう話が、少し誇らしげに語られていた。
私は、その誇らしさの質に驚いた。
それは自慢というより、“自分の力で切り開いた”という誇りだった。
そしてふと思った。
これ、感覚としては、自分の力で新しいことを乗り越えたときの達成感に近い誇らしさのように感じました。
健常者側が「海外一人旅すげえ」って言うあの感じ。
ただ決定的に違うのは、私には、その日常の一つ一つが大きな挑戦のように感じられました。
電車に乗る。駅のホームに立つ。乗り換える。
健常者には“移動”でしかないことが、彼らにとっては“サバイバル”になる。
だから、コンビニに一人で行けたことが、誇りになる。
そして、その誇りを語り合える仲間投稿一覧がいることが、さらに誇りになる。
この空気は、日常の社会では生まれにくい。
だって社会の仕組みの多くが、見える人を前提につくられているから。

5. 「義務なんかない」――現代社会の仕様を読み切っている
会話の中で、もう一つ大きいテーマが出てきた。
「店員に助ける義務なんかない」
「セルフレジになってるから」
「接待するのは仕事じゃない」
この発言は、冷たいのではない。
むしろ、社会の仕様変更を正確に把握したリアリズムだ。
昔は、店員が少し手伝ってくれたり、商品の場所を一緒に探してくれたりした。
でも今は人手が足りない。現場に余裕がない。セルフ化が進む。
結果として「助けてもらえる前提」で動くとうまくいかなくなる。
だから彼らは、助けを“期待”するのではなく、助けを“設計”する。
「まずはおにぎり一個から頼む」
「面倒じゃないってことを教えておく」
「ケンカしたらもう二度と頼めないから」
このあたりは、もはや福祉ではなく、交渉学だ。
人の善意を燃やさないための技術。関係を壊さずに生き延びるための技術。
健常者は「察してくれるはず」と思いがちだ。
でも彼らは、察しが起きない前提で世界を組み立てている。
ここにも達観がある。
というか、達観せざるを得ない現実がある。

6. この場の空気が濃い理由
私が感じた興奮は、感動とは違う。
もっと、生命力の濃度に酔う感覚だった。
なぜあの場は濃いのか。
理由はシンプルで、そこにいる人たちは「選択肢が少ない世界」にいるからだ。
選択肢が少ないということは、判断の重みが増えるということだ。
移動の判断が、命の判断になる
頼み方が、生活の成否になる
感情の爆発が、社会的孤立につながる
小さな達成が、誇りになる
こういう世界では、言葉も行動も“軽く”ならない。
だから空気が濃くなる。
そしてその濃さは、普段の私の暮らしの中ではなかなか生まれない。。
私たちは多くのことを“適当に”やっても死なない。多少失敗してもやり直せる。多少甘えても社会が回ってくれる。
だから、日常の空気が薄くなる。
彼らの場は、その逆だった。
生きることが、常に前景にある。

7. 私が持ち帰ったもの
もちろん、ここに書いているのは私がその場で感じた印象の一部にすぎませんが…
視覚障害者協会の定例会に行って分かったのは、
障害者が「弱い存在」だから尊い、という話ではない。
むしろ逆で、
制約があるからこそ、世界の仕様を読み、関係を設計し、生活を組み立て、自分の誇りを積み上げている。
その姿は、健常者より達観しているように見えた。
達観というより、現実に対する解像度が高い。
そしてその解像度の高さが、
私にとっての興奮だった。
福祉イベントに行ったつもりで、
私は“生き方の最前線”を見てしまった。
あの空気を、日常に持ち帰れるか。
少なくとも私は、しばらく戻れない気がしている。
戻ったとしても、たぶん以前と同じ薄さには耐えられない。
※流山市視覚障害者協会の定例会に、どなたでもお気軽にご参加ください。

流山市視覚障害者協会
おおたかの森ファーム株式会社
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この記事を書いたのは…

おおたかの森ファームスガコウタロウ
東京工業大学工学部を卒業後、工業デザイン事務所にてデザイン業務を経て、家業である税理士事務所に入社。そのノウハウを生かし経営コンサルティング おおたかの森ファーム株式会社 を設立。ボクシング好きの三児の父。












