【流山市】視覚を失うことは恐怖ではない 染谷雄一さんが組み立ててきた人生

こんにちは!
生まれも育ちも流山、スペシャリストのスガコウタロウです。

今回は流山市で長年治療院(鍼灸マッサージもみ太郎)を営み、視覚障害者協会や地域活動にも深く関わってきた染谷雄一さんのお話です!

視覚を失うことは、恐怖ではなく「前提条件」と心に説いたように見えた

視覚を失うことは、染谷雄一さんにとって、恐怖に飲み込まれる出来事というよりも、
人生を丁寧に組み立てていくための「前提条件」のようなものだった。

流山市で長年治療院を営み、業界団体や地域活動にも深く関わってきた染谷さんは、
先天性の網膜色素変性症により、幼少期から少しずつ視覚を失ってきた。
現在は全盲である。

だが、話をしていると、不思議な感覚を覚える。
こちらの立ち位置、言葉の間、空気の揺れ。
多くの人が無意識に流してしまう情報を、彼は驚くほど正確に拾っている。

それは「障害を乗り越えた人」の物語ではない。
むしろこれは、思考の設計そのものが変わった人間の話だ。

見えなくなる未来が、逆算思考を育てた

染谷さんの人生は、
「どうなるか分からない未来」に身を委ねる形では進まなかった。

見えなくなることは、時間をかけて近づいてくる現実だった。
だからこそ彼は、それを悲観的な出来事としてではなく、
静かに受け止め、条件として捉えた。

二十歳までに、何を身につけておくか。
四十歳までに、どこまで形にしておくか。

感情に振り回されるのではなく、
人生を逆算しながら設計していく。
その姿勢は、特別な覚悟というより、
日々の中で自然と育っていったものだったのだろう。

若い頃から挑戦し、
必要なときには迷わず手放す。
この柔らかな決断力が、結果として
歩みの速さと修正のしなやかさを支えてきた。

 

ロジカルな人間が、直感を大切にした理由

染谷さんは、もともと論理的に物事を考えることを得意とする人だ。
数字に強く、構造を読み、設計する力を持っている。

一方で、そうした人間が陥りがちなのは、
考えすぎて動けなくなることだ。

彼は、その限界をよく理解していた。

印象的だったのは、母親の存在である。
天真爛漫で、理屈よりも感覚を大切にする人。
「なんとなく違う」「こっちの方がいい気がする」
理由は後から、あるいは語られないまま。

染谷さんは、そうした言葉を切り捨てなかった。

直感を拾い、理由は後から考える。
その姿勢が、行動の速さと、間違えたときの修正のしなやかさを生んできた。

自分の中にない感覚を、外から取り込み、
それを自分の得意な論理で磨き上げる。
このバランス感覚こそが、彼の設計を支えてきた。

不安は、静かなエネルギーへと変わっていった

視覚を失っていくことへの不安が、まったくなかったわけではない。
人間である以上、葛藤や迷いは当然あった。

それでも、恐怖に飲み込まれなかった背景には、盲学校で過ごした時間がある。

そこには、すでに視覚を失いながらも、
日常を生き生きと過ごす仲間たちがいた。
学び、遊び、生活する姿を間近で見てきたことで、
「見えなくなること=不幸」という単純な図式は、自然とほどけていった。

見えなくなった後に、どんな力が育つのか。
それを身近で感じてきた経験は、
「今できることを大切にしよう」という
前向きなエネルギーへと静かに変わっていった。

 

障害は、欠けたものではなく「違う力の入口」

視覚が減ることで、
音や空間の気配、人の動きや心の揺れに、より敏感になる。

治療院の中でも、
言葉にならない違和感や変化を、自然と感じ取れるようになったという。

染谷さん自身は、
障害を「何かが欠けた状態」として捉えていない。
むしろ、違う形の力が育っていく、
ひとつのきっかけだったと感じている。

平均的な能力ではなく、
尖った特性へと変わっていく。
それは代償ではなく、変換だった。

豊かさのベクトルが変わった時代に

染谷さんは55歳。
日本が競争の中で豊かさを追いかけていた時代を知る世代だ。

努力や挑戦が、比較的素直に経済的な成果へと結びついた時代。
失敗しても、次のチャンスが見えやすかった。

一方で彼は、
その成功体験を、今の若い世代にそのまま当てはめようとはしない。

競争の先に豊かさが見えやすかった時代と、
今の社会とでは、前提が少しずつ変わってきている。
その変化を、彼は静かに見つめている。

だからこそ、
「どこで、誰として、何を担うのか」
という問いを大切にしている。

視覚を失ったことは、
人生を諦める理由にはならなかった。
それはむしろ、人生を丁寧に設計し直すための、
大切なヒントになった。

そしてこのコラムは、
私たち自身への問いでもある。

見えているはずの社会の中で、
どんな前提を当たり前として受け取り、
これからの人生を、どう描いていくのだろうか。

鍼灸マッサージもみ太郎-院長紹介

流山市視覚障害者協会

おおたかの森ファーム株式会社

★この記事が気になったり、いいね!と思ったらハートマークやお気に入りのボタンを押してくださいね。

※記事に掲載した内容は公開日時点の情報です。変更される場合がありますので、お出かけ、サービス利用の際はHP等で最新情報の確認をしてください

  • facebookシェア
  • twitterシェア
  • LINEで送る

ライター一覧

この記事を書いたのは…

author avatar

おおたかの森ファームスガコウタロウ

東京工業大学工学部を卒業後、工業デザイン事務所にてデザイン業務を経て、家業である税理士事務所に入社。そのノウハウを生かし経営コンサルティング おおたかの森ファーム株式会社 を設立。ボクシング好きの三児の父。

公式LINEバナー

north