【流山市】若者と子どもは多いのに、街の元気はどこへ?渡邉義正さんに聞く

こんにちは!
生まれも育ちも流山、スペシャリストのスガコウタロウです。

子どもは増えた。若い世代も多い。でも、なぜ今の流山は昔ほどの活気を感じないのか!
流山で長く地域と関わりのあるカネキ地所先代 渡邉義正さん、街の活気について話を伺いました。

流山市は、いま全国でも珍しいほど子どもと若い世代が増えている街だ。
人口ピラミッドも健全で、「子育ての街」として全国的にも知られるようになった。

ところが、長年この街を見てきた人の中には、こんな声もある。

「人は増えたけど、昔ほど町に活気を感じない」

今回話を聞いたのは、流山で長く地域と関わり、カネキ地所というという不動産業を営んできた先代渡邉義正さん。

渡邉さんの話から見えてきたのは、単なる懐古ではなく、「町の元気とは何か」という問いだった。

流山はもともと一つの街ではなかった
現在の流山市は、かつて新川村、八木村、そして流山本町といった地域が合併してできた街だ。
地域ごとに文化や人間関係があり、主導権争いもあったが、大きな対立に発展することなくまとまっていった。
昭和初期まで、この地域は水運の拠点として栄え、商人や事業家も多く、町には活気があったという。

しかし常磐線のルートから外れ、柏や松戸が発展していく中で、流山は次第に「東京へ通うための住宅地」へと変わっていった。
そして現在、つくばエクスプレスの開通によって再び注目される街になった。
人口も若返り、子どもも増えた。
それでも、長年町づくりに携わってきた渡邉さんの見立てでは、こうだ。

「昔みたいな勢いは、なんか違うんだよな」

 

「地子」と「旦那衆」がいた町

その違いを考える上で、渡邉さんが語った二つの言葉が印象的だった。

地子(じっこ)と、旦那衆(だんなしゅう)だ。
地子とは、その土地に生まれ育った地元の若者たち。町の祭りも行事も、自分のものとして体を張って支える存在だった。
一方、旦那衆とは、地元で商売や事業を成功させ、町を支えてきた大人たち。

若者が「祭りをやりたい」「花火をやりたい」と言えば、

「よし、やれ」

と資金を出し、支えてくれた。

町は、若者が動き、大人が支え、みんなで楽しむことで回っていた。

「責任は俺が取る」の本当の意味

渡邉さんたちの世代がよく口にしていた言葉がある。

「責任は俺が取る」

しかし、それは法律的な責任や賠償の話ではない。

それは、

「最後までやり切る覚悟を見せる」

という意味だった。

祭りが失敗するかもしれない。赤字になるかもしれない。
それでも、「途中で逃げない」と宣言する。

その覚悟に対して、町の人たちが寄付をし、手伝い、支えた。
覚悟が人を動かしていた時代だった。

なぜ、その空気が消えたのか
では、なぜ今、同じことが起きにくくなったのか。

一つには、日本全体の経済構造の変化があると渡邉さんは考える。

かつて町を支えたのは、地域に根差した個人商店や中小事業者だった。
町が賑わえば、自分の商売も良くなるという関係があった。

しかし今、経済の中心は全国チェーンや大企業になり、利益は地域外へ流れてる。
一方、地元の小規模事業者は余裕を失い、寄付や地域支援に回せる資金も減ったと渡邉さんは考えている。

また、渡邉さんは流山は大企業の拠点が多い街ではないとも感じている。
そのため、町を支える余剰資金や町への投資文化が、少しずつ失われてきたのではないかという。
そして多くの住民にとって、流山は「暮らす場所」ではあっても、「自分が支える場所」ではなくなりつつあると見ている。

いま流山には子どもが多く、若い世代も増えている。
昭和初期の流山も、同じように若い人が多かった。

しかし当時は、若者が町の担い手となり、旦那衆がそれを支え、町全体が一つの舞台だったと振り返る。
それに対していまは、住民こそ増えているものの、町への当事者意識は薄くなっているのではないかと渡邉さんは見ている。

だからこそ、人口ピラミッドは若くても、町の空気はどこか静かに感じられるのだという。

これからの流山に、再び「地子」と呼べる世代は生まれるのか。
そして、「俺がやる」と言える大人は現れるのか。

人口が増えるだけでは、町は元気にならない。

町に物語が生まれるのは、誰かが覚悟を決めたときなのかもしれない。

有限会社カネキ地所

おおたかの森ファーム株式会社

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おおたかの森ファームスガコウタロウ

東京工業大学工学部を卒業後、工業デザイン事務所にてデザイン業務を経て、家業である税理士事務所に入社。そのノウハウを生かし経営コンサルティング おおたかの森ファーム株式会社 を設立。ボクシング好きの三児の父。

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