【流山市】戸田久さんが立ち上げた“ふれあいの家『西深井の森』”

【流山市】戸田久さんが立ち上げた“ふれあいの家『西深井の森』”

こんにちは!
生まれも育ちも流山、スペシャリストのスガコウタロウです。

今回は、地域を支えるある「場所」と「想い」についてお話ししたいと思います。

ご紹介するのは、ふれあいの家「西深井の森」

ここは、ご近所さんがふらっと集まれる温かな居場所。
遠出が難しいお年寄りへの想いから、主催の戸田久さんがで2025年9月に開設した、優しさの詰まった場所です。

地区社会福祉協議会の会長も務める戸田さんですが、「もっと身近に、自由に、一人ひとりの声に応えたい」という想いから、あえて組織の枠を超え、柔軟に寄り添える個人としての道を選びました。

自分にできる距離から、心を込めて場を作る。そんな戸田さんの真っ直ぐな想いから生まれた ふれあいの家「西深井の森」 の様子を、ぜひ、知ってください。

 

流山のような街を見ていると、「子育てのまち」という言葉はよく聞く。
実際、それは間違っていない。若い家族が増え、街に新しい空気が入っているのは確かだ。

けれど、平日の昼間に地域を歩くと、別の風景が見えてくる。

そこに多いのは、後期高齢者と子ども、そして子育て中の人たちだ。
つまり、日中の地域を実際に構成しているのは、「自由に動ける大人」ばかりではない。

この前参加した「ふれあいの家『西深井の森』」で、私はその現実をかなりはっきり見た。

お話をしたい人はいる。集まりたい気持ちもある。けれど、足が弱くなり、車もなく、免許も返納し、少し離れただけでも会場まで来られない。遠くの困りごとを助けたい気持ちはあっても、そもそも自分が家の外に出ること自体が大仕事になっている。そういう人たちが、今の地域には少なくない。

ここで大事なのは、地域の助け合いが「気持ち」の問題ではなくなっていることだ。
やさしさが足りないのではない。やる気がないのでもない。
助け合えるための物理条件そのものが、もう昔とは違う。

そんな現実を踏まえたうえで、「では今、自分に何ができるのか」を考えている人がいる。
それが、西深井の森を主催する戸田久さんだった。

戸田さんは地区社協の会長でもある。だから本来なら、社会福祉協議会の枠組みの中で何かを進めてもおかしくない立場だ。けれど戸田さんは、その“大きな枠”に安易に乗らなかった。

理由はとても誠実で、同時にとても設計的だった。

西深井の森のような居場所は、現実には「ごく近くの人」ほど使いやすい。
遠くの人ほど、来たくても来られない。
そうすると、社協という公共性の高い看板で動かした時に、「限られた一部の人しか使えない場なのに、そこに社協のお金や信用が流れているのではないか」という見え方が生まれうる。戸田さん自身も、そうした懸念が出るなら「切り離して、手伝ってくれる人がいれば一緒にやるくらいの気持ちだ」と話していた。

これは一見、地味な判断に見える。
だが私は、ここに強く打たれた。

地域活動には、とかく「町のため」「みんなのため」「全体最適のため」という大きな言葉が付きまとう。
もちろんそれ自体は悪くない。
ただ、現場を知らないままその言葉だけが先に立つと、活動はすぐにきれいごとになる。

戸田さんの判断は逆だった。
先に理念を大きく掲げるのではなく、まず現実の制約を見る。
誰が来られて、誰が来られないのか。
どこまでなら持続できて、どこからは無理が出るのか。
公の看板を背負った時に、どんな誤解や摩擦が生まれるのか。
そのうえで、いま届く半径だけを、自分の責任で引き受ける。

これは福祉の美談というより、むしろ設計の思想だと思う。

音声の後半で戸田さんは、長年エンジニア、設計者として働いてきたことを自然に語っていた。設計の仕事を続け、重工やロケット関連の現場にも関わり、「恵まれて育ててもらった」と振り返るその話ぶりには、職業人としての癖がにじんでいた。

設計とは、願望を図面にすることではない。
条件を見て、制約を見て、その中で最も壊れにくい形を作ることだ。

そう考えると、戸田さんが社協会長でありながら、あえて「個人」として西深井の森を立ち上げたことは、極めて設計者らしい。
使える制度は理解している。けれど制度の看板を大きく振り回すと、かえって届かない。
公共性を振りかざすより、自分が責任を持てる範囲でまず動かす。
全員を救うと言わない代わりに、来られる人の場をちゃんと開いておく。

この姿勢は、今の地域にむしろ必要なものではないかと思う。

今の地域では、「もっと助け合おう」と言うのは簡単だ。
しかし実際には、日中に動ける人が少ない。
高齢者は近場しか来られず、若い世代は働きに出ていていない。
送迎までやれば持続しない。
大きな理想を掲げても、現場の身体条件と移動条件に負ける。

だからこそ、本当に必要なのは、理想の大きさではなく、設計の精度なのだと思う。

町全体を語る人は多い。
けれど、自分に実際に支えられる距離を見極め、その範囲に責任を持つ人は意外と少ない。
大きなことを言わず、しかし逃げずに、自分が動ける形で場をつくる。
戸田さんのやっていることは、まさにそれだった。

私は今回、西深井の森に参加して、地域の厳しさを見た。
助け合いは、もう善意だけでは成立しない。
昔のように、近くに若い人がいて、誰かがふらっと手を貸せる時代ではない。

その一方で、まだ希望が残っているとも感じた。
それは「誰かが全部なんとかする」希望ではない。
届く範囲を見誤らず、それでもなお、自分のできる形で場を作る人がいるという希望だ。

戸田久さんのやり方は、派手ではない。
けれど、今の地域に必要なのは、こういう人なのだと思う。
町を救うヒーローではなく、条件を見誤らず、無理のない形で居場所を設計する人。
理想を叫ぶ人ではなく、現実の中で壊れない仕組みを置いていく人。

地域振興という言葉が、しばしば大きすぎる理想に飲まれがちな今、
西深井で起きていることはむしろ逆を教えてくれる。

町のため、と言い過ぎないこと。
その代わり、自分が本当に責任を持てる半径を、丁寧に引き受けること。

その静かな覚悟の方が、結果として、ずっと町を支えているのかもしれない。

おおたかの森ファーム株式会社

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おおたかの森ファームスガコウタロウ

東京工業大学工学部を卒業後、工業デザイン事務所にてデザイン業務を経て、家業である税理士事務所に入社。そのノウハウを生かし経営コンサルティング おおたかの森ファーム株式会社 を設立。ボクシング好きの三児の父。

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